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戦争のない世界を願うあなたへ
広い視野と大きな志をもって、
ともに平和をつくる生き方を

2003年7月15日
民青同盟東大駒場班

 「バグダッド陥落」から三カ月、イラクはいまなお「全土が戦闘状態」(米司令官)にあります。イラクの人々の生活は極端に悪化し、米英占領軍への怒りが広がっています。こうした中、自民・公明政権は、米英の占領支援のために、戦後初めて自衛隊を戦場に派遣するイラク特措法を成立させようとしています。「戦争をしない」という日本の国是は、小泉内閣によって投げ捨てられようとしています。
 「平和な世界をどうつくるのか、私たちはどう行動すべきなのか」
 戦争か、平和か、するどく問われる時代に生きる学生として、広い視野でこの答えをつかみ、大きな志をもって行動していくことが求められるのではないでしょうか。
 このパンフでは、私たち一人ひとりが行動する意味を考えたいと思います。

1、人類には、平和をつくる力がある

 イラク戦争の際に、少なくない東大生が反戦の意思表示を行いました。私たち民青駒場班の反戦署名にも千百人の東大生が署名をよせてくれました。
 イラク戦争以降、「二度と戦争がおきない世界にしたい」という声がある一方、「アメリカは誰にも止められない」としばしば無力感にもにた声がよせられます。「あきらめずによく頑張れるね」とも言われます。
 正直、イラク戦争がはじまった時や、有事法制が通過したときなど、私たちも暗い気分になりますが、そこでくじけないのは、やはり、平和にむかってすすむ世界史の本流への確信があるからです。
 「一人の力は小さくても、一人一人の行動が世界を動かす力になる」ことをぜひみなさんに知ってほしいと思います。

●「反戦の世界史」……反戦の声が世界平和をつくりだす
 この100年間を振り返ってみると、19世紀の戦争合法の時代から、20世紀の戦争違法化の時代へと人類の国際的ルール(国際法)は、大きな前進をとげてきました。このルールをふみにじる国はありますが、ルールを確立したことが、各国に対して大きな制約になってきました。
 しかし、国際的な平和のルールは自動的に生まれたのではありません。侵略を許さない、反戦の人々の粘り強い運動が国際政治のルールにまで押し上げたのです。少し歴史を見てみましょう。

(国連憲章と反ファシズムのたたかい)
 二度にわたる世界戦争をへてつくられた国連憲章は、武力の行使と武力による威嚇を禁止するなど、今日の平和の国際秩序の根本になっている。こうした国連憲章が誕生する根本には、帝国主義国同士の植民地争奪戦であった第一次大戦とことなり、第二次大戦が、ファシズムと軍国主義にたいし、自由と民主主義を求める反ファッショ陣営が団結してたたかい、勝利したことが背景にある。
 ファシズム対反ファシズムという構図になってたたかわれた背景は何か。当初、少なくない政府がファシズムに宥和的な姿勢をとっていたが、そこからファシズムとたたかう姿勢に転換していったのは、自由と平和を求める各国国民のすさまじいたたかい(反ファッショ人民戦線運動やレジズタンスなど)があった。自由と平和を求める人々のたたかいが各国政府にも影響を与えたからこそ、今日の国連憲章がつくられた。

(国連憲章をきたえたベトナム反戦運動)
 国連憲章は、諸国民の運動の特別の高揚のなかで誕生したもので、各国政府が自動的に憲章を行動の指針にしたわけでなかった。米ソの大国による侵略、地域紛争など、国連憲章に違反する武力の行使は絶えなかった。
 国際政治が「武力不行使原則」を尊重する方向へ大きく傾くきっかけになったのが、ベトナム反戦運動であった。
 このはじめての国際的な反戦運動は、大きく盛り上がり、米国は撤退を余儀なくされた。戦争後、戦争の是非が、国連憲章を基準にして判断され裁かれるという、新しい局面が生まれた。ソ連によるアフガン侵略(79年)、アメリカによるグレナダ(83年)、リビア(86年)、 パナマ(89年)への軍事介入に対して、国連総会は、国連憲章違反だと非難する決議を採択していった。
 もちろん、これだけで違法な武力の行使がおさまったわけではないが、国連憲章の武力不行使の原則を守ろうとする団結はひろがり、侵略国への大きな制約になっていった。

(「国連の平和のルール」を守ることがはじめて世界政治の大問題に)
 イラク戦争をめぐっては、世界史上最大の反戦行動が広がった。反戦運動にささえられ、フランス、ドイツなどアメリカと軍事同盟を結ぶ政府まで反戦の声をあげるようになった。創設以来はじめて、安保理の場で、「国連の平和のルールを守る」という問題が、世界政治の大問題として、真剣に討論された。百数十ヶ国の政府が「国連憲章を守れ」と戦争反対の声をあげ、アメリカは外交では国連の場で何度も敗北し、孤立した形で戦争に入らざるをえなくなった。
 アメリカは軍事的には「勝利」したが、今また、米英両政権は窮地に陥っている。両政権が戦争の最大の「大義」としてかかげたイラクの「大量破壊兵器」はみつからず、「保有の証拠」なるものがねつ造・誇張だったことが明らかになった。「ホワイトハウスが信頼性の崩壊に見まわれている」(ワシントン・ポスト)と、米英両国民の不信は広がっている。
《以上、『反戦の世界史』(新日本出版社)より要約》

一人の力は小さくても、一人ひとりの行動が世界を動かす力になる
 歴史には、逆向きの流れもありますが、結局は、平和をめざす流れが、歴史の方向を決めてゆきます。大きな視野でみるならば、この世界は悲観するような世界ではない、と考えています。
 「反戦の世界史」をふりかえると、一人ひとりが声をあげる巨大な意味が見えてくるのではないでしょうか。一人の力は小さくても、その一人ひとりの力があわさることによって、世界史を動かすような力を発揮します。「自分一人が動いたって……」という、ためらいは不要です。

2、平和の国際秩序かアメリカ覇権主義の国際秩序か綱引きの中で真理探究の府に学ぶ学生の役割

●世界の平和をおびやかすアメリカの世界戦略
 平和な世界に大きくは進むことを展望しながらも、逆流の危険性もいささかも軽視するわけにはいきません。
 アメリカは、アメリカ中心の国際秩序と世界支配をめざすその野望を正当化し、イラクにとどまらず、自分の気にくわない政権を、先制攻撃で打倒する戦略をさらに強めています。打倒の相手は「悪の枢軸」にとどまらず、将来ライバルになるであろうということで、中国に対する核使用計画まで作成しています。
 国連憲章にもとづく平和の国際秩序か、それとも、アメリカが横暴をほしいままにする戦争の抑圧の国際秩序の選択か、いま、この選択が人類に問われています。

●自民・公明政治という世界史の逆流
 「国連憲章の平和の国際秩序」をつくる諸国民・団体・政府の共同が今大きく広がる中で、いくらアメリカが軍事力でまさっていようとも、遅かれ早かれ、アメリカの孤立はさけられません。
 重大なことは、孤立を深めるアメリカを支えるため、世界的逆流の役割を日本がいま担おうとしていることです。小泉首相が、「イラクの大量破壊兵器保有」の米英の言い分をおうむ返しに述べ、イラク戦争を即座に支持し、テロ対策特措法でインド洋に派遣された自衛艦は脱法的にイラク戦争を支援しました。さらに、自民・公明政権は、この6月には、アメリカといっしょに海外での戦争をすすめるために有事法制を成立させました。そして、今、戦後初めて戦場に自衛隊を派遣しようとしています。
 日本は、自らのおかした侵略戦争への反省にたって、二度と戦争をおこなわないという憲法をもっています。この憲法と国民の平和世論が日本政府への制約となって、日本はこの五〇数年間、戦争をおこなったことのない誇るべき歴史を築いてきました。
 今、この日本が、アメリカへの追従を深め、戦争への道にふみだしていくのか、それとも、憲法の平和原則にたちもどっていくのか、日本国民にするどく問われています。
 歴史は、人がつくるものであり、いかに本流といえども自動的にすすむものではありません。「平和への道か、戦争への道か」、この綱引きです。「平和の綱」をひく力が強くなってこそ、歴史は平和の歩みをはじめるのです。

●真理探究の府である大学で学ぶ私たち学生の責任
 戦争勢力というのは、国民を戦争への道にひきこむために、国民をたくみに欺くのが歴史の常です。イラク戦争の際には、証拠もない「大量破壊兵器の保有」が戦争の口実とされました。戦前の日本は、「アジア解放の戦争」「自衛の戦争」といって、侵略への道をつきすすみました。そして「有事法制」をとおすためには、「北朝鮮脅威キャンペーン」が党利党略として利用されました。
 ここから、私たち大学で学ぶものの責任が生じます。大学は、時の権力に左右されず、真理を探究し、研究と教育の成果を社会に還元する使命を国民からおっています。よく、大学人は社会のカナリアとしての自覚をもてといわれますが、社会がまちがった方向に進もうとするとき、真理にもとづいて勇気ある行動をとることが求められるのではないでしょうか。
 イラク戦争前の2月には、東大教員の有志が、国連元査察官のスコットリッター氏をまねいて講演会をおこないました。そこでは、権力者がごまかし、マスコミがふせようとする大量破壊兵器の真実が赤裸々に語られました。駒場の授業でも取り上げられる著名な言語学者のチョムスキー氏は、アメリカこそテロ国家である真実を知るべきだ、と勇気ある反戦講演をアメリカ中で繰広げました。
 私たち学生には、広い視野で真実を学ぶ責任、そして真実を広げる責任があると思います。

●戦前の侵略戦争の時東大生はどう行動したか
 日本が中国侵略にむかう中で、日本の天皇制政府は、社会の批判的な動きをおさえこむため、マルクス主義を教える教員はもとより、少しでもリベラルな考え方をもつ教員も大学から排除しようとしました。その最大の事件は、有名な「滝川事件」です。急激な軍国主義化のもとで、自由主義者であった京都大学の滝川教授の刑法学説が「国体に反する」と攻撃の的にされ、1933年、政府から休職処分が発令されました。これに抗議して、京大では法学部教授会が総辞職を決議、全国の学園で学問の自由擁護を求める運動が広がりました。
 東大生たちも勇気をもってたちあがりました。「学問の自由を守れ」と、法文学部棟でおこなわれた学生大会には3000人が集まりました。しかし、学生大会の会場は警官隊にとりかこまれ、362名が検挙されました。
 私たち民青同盟は当時、侵略戦争に反対した唯一の青年組織でした。東大でのたたかいの先頭にたった東大の民青の先輩たちは、全員、警察に逮捕されました。
 今は、言論の自由が保障され、反戦の声をあげることも、誤った国の政策を批判することも自由です。日本がいつかきた道をくり返さないために、私たちのできることを考える必要があるのではないでしょうか。

 学生生活は、これから生きていく自分のスタンスを確立していく大事な時期でもあります。忙しい学生生活ですが、社会と真剣に向き合い格闘することは、大学を卒業して社会にでたときに時流に流されていかないためにも、今の私たちにとって欠くことのできないことではないでしょうか。平和をつくる能動的な生き方をぜひ一緒に選びましょう。

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平和のために行動する仲間がいます

 イラク戦争をめぐっては、多くの青年が戦争に反対してたちあがりました。マスコミにも、安保闘争以来といわれた四桁の全国高校生平和大集会、学生がよびかけた「せんそうアカン」人文字をはじめ、多くの行動が紹介されました。民青同盟も全国2万人の仲間が草の根から運動を広げ、こうした取り組みの大きな一翼を担いました。

ぜひあなたも民青へ

興味をもたれた方は以下の連絡先へどうぞ
air-on-c-field@ezweb.ne.jp

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▼過去の加盟呼びかけ

みなさんへ 民青への加盟を心からよびかけます(2003年4月2日)

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